宇宙教育とキャリア形成 <宇宙開発を通じて考えるキャリア形成vol.2>

【コラム】暮らしをワンランクアップ

「子どもが宇宙に興味を持つには、何を勉強すると良いですか?」
子を持つ親としては、とても気になるところでしょう。しかし、「質問される側」にとって、この質問は返答にとても困ってしまうものなのだそう。そして、考えた末に「まずはお子様の得意な勉強を応援してあげてください」などと答えるそうです。もちろん、この返答は何も適当にあしらっているわけではない、ということを教えてくださるのは、株式会社YspaceのCTOであり、関西大学にて非常勤講師も務めておられる岩崎祥大さんです。

岩崎さんに「宇宙開発」について3回にわたって教えていただくシリーズ。第1回目は、主に社会人・大学生向けに「試されるチャレンジ精神とマネジメント能力」というテーマでお話いただきました。第2回目となる今回は、小学校高学年や中学生の方を想定した「宇宙教育とキャリア形成」についてお話いただきます。

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JAXA宇宙科学研究所の研究室と私の出会い

「星や銀河、果ては宇宙全体のことを考える宇宙科学も、第1回目で紹介したようなロケットや人工衛星を作る宇宙開発 (宇宙工学) も、あらゆる知識と経験が活きてくる分野です。

僭越ながら、私のことを例にとってお話ししたいと思います。
振り返ってみれば、私は子どもの頃から宇宙が好きでしたが、大学受験の頃は得意な科目が化学でした。そんなわけで、大学では航空宇宙工学には進まず、化学の道に進みました。化学の中でも石油プラントの設計をしたり、化学反応エネルギーを制御する仕組みを考えたりする「化学工学」という分野に進みました。この大学での専門分野を化学工学に決めたことが、回りまわって今のロケット研究者の道に繋がっています。(ちなみに、本当に大学ではロケットと違うことをしていて、粉の混ぜやすさに関する研究などをしていました)

大学の卒業が見えてきて、そのまま大学院に進学しようと思っていた折、ふと色々な化学工学の研究室を見ていると「JAXA宇宙科学研究所のロケット燃料 (推進薬) の研究室」があったのです。

よく考えてみれば当然で、ロケットというのはロケット推進薬が燃えることで生まれるエネルギーを何とか制御して宇宙空間を飛ぶのですから、化学工学の分野にロケット推進薬の研究室があっても不思議ではないのです。まさに大学院から先の将来、化学より宇宙開発をやりたいなぁと思っていたので、私は迷わずJAXA宇宙科学研究所の研究室に進むことにしました。

スペースシャトル

私の研究とJAXA

晴れて大学院生としてJAXAの研究室に入った私が始めた研究は、樹脂と火薬の粉を混ぜ合わせて固めて作る「固体ロケット推進薬」の、その混ぜ方の研究でした。まさに大学の頃に粉の混ぜやすさの研究をしていため、この固体ロケット推進薬の混ぜ方の研究は馴染み深かったのですが、日本で固体ロケット推進薬の混ぜ方を研究した人は誰もいなかったことから、運よく尖った研究をしている若手として早々に業界から認識してもらっていました。

もう少し当時の私の研究を紹介します。
固めるまでの固体ロケット推進薬は粘土のような粘り気のあるものなのですが、それを生き物の腸の動きを真似たロボットで混ぜてやろうと研究していました。人工筋肉ロボットの研究室と共同で腸の動きを真似る管を作って、その中に推進薬の材料を放り込んでモニュモニュと混ぜていたのです。当時の学会ではロケットの燃焼やロケットエンジン開発の発表ばかりでしたが、私だけが人工筋肉だの、粉が混ざる仕組みだの発表をしていました。会場のポカーンとした雰囲気が今でも忘れられません。大学ではロケットを勉強するどころか、「JAXA」という名前すら知りませんでしたから。無知ゆえの大胆さがあったのだと思います。

その後、JAXAで研究員になると、ロケット推進薬の細かい研究よりロケット全体の開発を見るようになり、惑星探査での新しいロケットの使い道を探るシステム研究を行うようになりました。

参考リンク「オエェェ…… JAXAとミミズの研究者が大腸を参考に作ったロケット燃料製造マシーン」(GIZMODO,2018年4月1日)

なんだかんだ言っても、日々勉強!

地球

我ながら面白いと思っていることがあります。それは、今の私の仕事や研究を支えてくれているのは、宇宙への想いよりも化学やロボット、生き物の知識だということです。

もちろん、周りには子どもの頃から宇宙が大好きで、大学でも宇宙工学を学んでという人たちがたくさんいます。ですが、私の師匠を除いて、日本で「ロケット推進薬の混ぜ方」を私より分かっている人はいない自信があります。だからこそ、火星や月、小惑星の中でロケット推進薬がどうなるのか想像を膨らませることができると思っています。

このコラムの初めに述べたように、宇宙というのはあらゆる知識と経験が生きてくる分野ですから、自分の幹になる知識体系(私の場合は宇宙と化学) をどっかり据えて、興味に任せて色々勉強すればよいのです。そもそも、宇宙に限らず、広大な自然科学や複雑な社会の中で生き抜いていくためには日々勉強ですからね!

「本物」に触れる経験が大切

とはいえ、子どもの宇宙教育に大切なことと題しておきながら、「好きに色々勉強すればいいじゃん」というのも乱暴な話ですね。ですので、もう一つ大切だと思うことを挙げておきます。

カメラで遊ぶ兄妹

それは「本物を知る」ということです。
きっと私は大学院でJAXAに行かなければ、ある程度でロケット開発から離れていたと思っています。JAXAの研究室に入った直後、ロケットについて何も知らない私は、実際のロケット開発の現場に研修として放り込まれました。先生も先輩もおらず、初めは現場の職員やエンジニアの方に「こいつは誰だろう」と遠巻きにされていました。研修初日、何もできず立っているだけで初めて悔し涙が出たことを覚えています。「ああ、自分が望んだロケット開発の現場にいて何をしているんだろう」と思いたち、次の日から図面片手に「これは何ですか?」「自分に何かできることはありますか?」と聞いて回りました。何とか仲間に入れてもらい,初めて見たロケットの点火が今でも一番心に残っています。

ぜひ、宇宙に限らず、子どもの頃から「本物」を知ってほしいと思います。難しいことは何もありません。家から一歩外に出れば、風が吹いていて鳥が飛んでいて、太陽や月が当たり前のように空にあります。家の中でも、家電やゲーム機の仕組みはとても複雑です。そのどれもが調べてみるとたくさんの不思議でいっぱいですから、気の向くままに不思議と向き合ってみてはいかがでしょうか。大体何でも、宇宙と繋がっていますよ。



岩崎祥大

株式会社Yspace CTO。関西大学非常勤講師。
2013年京都大学工学部工業化学科卒業。
2018年総合研究大学院大学にてロケット推進薬に関する研究で博士(工学) 取得後、宇宙航空研究開発機構 (JAXA) にてロケット開発や惑星探査機の研究に従事。その後、株式会社Yspaceにて惑星探査用ロケット推進システムの開発事業を立ち上げる。
学研マナビスタで「ロケット博士イワサキの宇宙Q&A」をオンライン連載するなど、子供向け教育活動も勢力的に行っている。
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